青天を衝けの原作や脚本は?あらすじから最終回まで徹底予想

ドラマ

大河ドラマ『麒麟が来る』が最終回を迎え、
次の大河ドラマ『青天を衝け』がいよいよ2月14日から始まります!

主演は吉沢亮さんで渋沢栄一の生涯を描く物語です。
今年の大河ドラマは記念すべき60作品目!原作や脚本はどうなっているのでしょうか?

新1万円札の顔になることで注目される渋沢栄一はいったいどのような人物で
最終回はどのようになるのでしょうか?

そこで今回は

・青天を衝けの原作は?
・青天を衝けの脚本は?脚本家のプロフィールは?
・青天を衝けの本はある?
・青天を衝けのあらすじは?
・青天を衝け・渋沢栄一の生涯年表
・青天を衝けの最終回はこうなる!あらすじと年表から徹底予想

について調査していきます!

記事の後半には、青天を衝けの撮影メイキング特集動画も掲載していますので
ぜひ合わせてチェックしてみてください!

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青天を衝けの原作は?

『青天を衝け』の原作はなく、完全オリジナル脚本です。

過去の大河ドラマもほとんどが脚本家によるオリジナル脚本で、
ここ10年ですと『西郷どん』だけが原作がある作品だったそうです。

では、『青天を衝け』の脚本家はどのような人なのでしょうか?

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青天を衝けの脚本は?脚本家のプロフィールは?

『青天を衝け』の脚本は大森美香さんが手掛けています。

【大森美香さんのプロフィール】

生年月日:1972年3月6日生まれ

出身地:福岡県

経歴:

フジテレビの契約ADを経て1998年『美少女H』の12話を担当し脚本家デビュー。

『カバチタレ!』『ランチの女王』『不機嫌なジーン』『ブザー・ビート~崖っぷちのヒーロー~』『あさが来た』『カイジ 人生逆転ゲーム』などを手掛ける。

『不機嫌なジーン』では第23回向田邦子賞、『あさが来た』では第24回橋田賞を受賞。

脚本家のほか、映画監督や小説家としても活躍している。

 

ヒット作を多く生み出している大森美香さん。

NHKでも朝ドラなど数々の作品を手掛けてきましたが、
大河ドラマは今回が初めてだそうです。

大森美香さんが描く渋沢栄一の人生はどのような物語になるのでしょうか?
楽しみですね!

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青天を衝けの本はある?

ドラマが放送されるにあたり、NHKからいくつか本が出版されています。

・NHK大河ドラマ青天を衝け完全ガイドブック

→ NHK大河ドラマ青天を衝け完全ガイドブックの詳細はコチラから

・青天を衝け 前編 – 大森 美香

→ 青天を衝け 前編 (NHK大河ドラマガイド) [ 大森 美香 ]の詳細はコチラから

・青天を衝け(1)

→ 青天を衝け 1 大森美香/作 豊田美加/ノベライズの詳細はコチラから

・2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」完全読本

→ 2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」完全読本の詳細はコチラから

ドラマと一緒に合わせて読んだら
より深く渋沢栄一や歴史について、キャストのドラマに対する想いがわかりそうですね!

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青天を衝けのあらすじは?

武蔵国・血洗島(現在の埼玉県・深谷市)の百姓・渋沢家に生まれた栄一は
おしゃべりでやんちゃな性格でいつも大人たちを困らせていたが、
藍玉作りと養蚕を営む父から商売の面白さを学ぶ。

成長し千代と結婚した栄一は攘夷派になり横浜を焼き払う計画を企てるが、
中止し追われる身となり京へ逃げる。

そこで助け舟を出したのは一橋慶喜の側近・平岡円四郎。

栄一は一橋家の家臣として財政改革の手腕を発揮し、やがて慶喜は将軍となった。

攘夷派だった栄一は倒幕どころか幕臣なってしまい、失意に陥る。
しかしパリ万博のメンバーに選ばれ転機が訪れる。

株式会社やバンクの仕組みを知り民間が政府と平等であり
生き生きと力を発揮している姿に衝撃を受けた栄一。

そんな中、日本では倒幕。

その知らせを受け帰国するがすでに日本は大きく変わっていた…。

慶喜の生涯と並行・交差しながら、
栄一は忠義と知恵を武器に新しい時代での日本のあるべき姿を求め
生涯を青春のように駆け抜けていく。

という物語です。

 

百姓の息子だった栄一がどのように「日本資本主義の父」と呼ばれるような
数々の功績を残したのか、ドラマを通じて知ることができたら
自分の人生観が変わりそうですね!

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青天を衝け・渋沢栄一の生涯年表

年号年齢出来事
1840年(天保11年)0歳2月13日、武蔵国・血洗島に生まれる。
1863年(文久3年)23歳高崎城を乗っ取り横浜焼き討ちを企てるが、計画を中止し京へ逃げる。
1864年(元治元年)24歳一橋慶喜(後の徳川慶喜)に仕える。
1867年(慶応3年)27歳パリ万使節団として渡仏。
1868年(明治元年)28歳明治維新により帰国
1869年(明治2年)29歳静岡県に「商法会所」を設立。明治政府に仕える。
1873年(明治6年)33歳大蔵省を辞め、第一国立銀行開業・総監役を務める。
1875年(明治8年)35歳第一国立銀行頭取となる。
1876年(明治9年)36歳東京会議所会頭、東京府養育院事務長となる。
1885年(明治18年)45歳日本郵船会社設立(後に取締役)し、東京養育院院長となる。
1901年(明治34年)61歳日本女子大学開校・会計監督(後に校長)を務め、東京の飛鳥山邸を本邸とする。
1916年(大正5年)76歳実業界を引退。
1931年(昭和6年)91歳永眠

渋沢栄一は約500の企業と約600の社会公共事業の関わったそうです。

76歳で実業界を引退するまで
青春のように走り続けたその姿は
『青天を衝け』というタイトルにピッタリですね!

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青天を衝けの最終回はこうなる!あらすじと年表から徹底予想

いきなりですが、私なりに最終回を予想してみます。

今回の主人公・渋沢栄一の生涯を語る上では徳川慶喜の生い立ちも欠かせなく、
2人分の軌跡を辿るので明治時代になるまでの間で
かなりの話数を要するのではないかと思います。

しかし、「日本資本主義の父」と呼ばれているので
大蔵省を辞めてからの数々の企業などを育てていった過程も描く必要もあるはずです。

最後の方はやや駆け足にはなりながらも
実業界を引退するところか亡くなりところ、つまり渋沢にとって“青春”が終わる場面が
最終回になるのではないかと予想されます。

また詳しい情報が入り次第お伝えしますね!

 

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まとめ

ここまで

・青天を衝けの原作は?
・青天を衝けの脚本は?脚本家のプロフィールは?
・青天を衝けの本はある?
・青天を衝けのあらすじは?
・青天を衝け・渋沢栄一の生涯年表
・青天を衝けの最終回はこうなる!あらすじと年表から徹底予想

について調査してきましたがいかがでしたか?

今の豊かな時代の礎を築いた渋沢栄一。
その生涯の物語を楽しんで見ながら学びを深めたいですね!
「青天を衝け」2月14日午後8時スタートです。

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