本ページはプロモーションが含まれています。

東洋大学駅伝の監督やコーチは?選手時代の成績や名言は?

大学駅伝
スポンサーリンク

東洋大学駅伝部は箱根駅伝で優勝4回、全日本大学駅伝で優勝1回とこれまで輝かしい成績を残しています。

そこで今回は

・東洋大学駅伝の監督は?選手時代の成績や名言
・東洋大学駅伝のコーチは?プロフィールや選手時代の成績

について、徹底調査しご紹介します。

スポンサーリンク

東洋大学駅伝の監督は?選手時代の成績や名言

東洋大学駅伝の監督は酒井俊幸監督です。

ここでは、名将東洋大学駅伝酒井俊幸監督のプロフィールや選手時代の成績、名言をご紹介します。

酒井俊幸監督のプロフィール

酒井俊幸監督は、1976年生まれで福島県出身。

高校は学法石川高校に進学し、卒業後は現在監督を務めている東洋大学経済学部に入学。

大学時代には1年生の時から大学三大駅伝のひとつである箱根に3度出場。

4年生の時にはチームのキャプテンを務めるものの、故障に悩み箱根出場を断念しています。

大学卒業後は、コニカに入社し全日本実業団駅伝などに出場、強豪となったコニカを支えました。

現役引退後は、出身高校である学法石川高校で教鞭をとりつつ陸上部の顧問を務めました。

2009年から東洋大学陸上競技部、長距離部門の監督に32歳という若さで就任、就任1年目で箱根に出場した監督中最年少ながらチームを優勝へと導く快挙を達成。

その後も、箱根で優勝3回、準優勝5回、3位2回と合わせて10年連続3位以内という好成績へとチームを導きました。

さらに出雲、箱根、全日本大学駅伝全てで優勝を経験するなど、実業団と学法石川での教員経験を活かした指導方法でチーム作りを行っている名将です。

今年の箱根当日、酒井監督が4人走者を変更していたことがポストされています。

この大会では9位となりシード権を獲得している東洋大学駅伝ですが、酒井監督も当日に選手を4人も変更するのは苦渋の決断だったようですね。

酒井俊幸監督の選手時代の成績

東洋大学駅伝部酒井俊幸監督は、東洋大学在学中箱根駅伝に3回出場し、1年生の時に3区を走り区間11位、2年生の時は7区を走り区間12位、3年生の時には1区を走り区間13位という成績を残しています。

コニカに入社し、実業団の選手として活躍していた時には2001年から2003年まで全日本実業団駅伝に出場しチーム3連覇に貢献しています。

酒井俊幸監督の名言

チームを3回の箱根優勝へと導いた名将東洋大学駅伝酒井俊幸監督の名言を以下にいくつかご紹介しますね。

「その1秒をけずりだせ」

引用元:マイナビ

この、1秒をけずりだせという東洋大学駅伝酒井俊幸監督の名言は、2011年から酒井監督が掲げているスローガンです。

この酒井俊幸監督の言葉は、東洋大学駅伝部の選手たちやスタッフのよりどころとなっています。

言葉を人に響かせたい時にはシンプルなものでないと伝わらないと酒井監督は考えています。

分かりやすいフレーズを反復させ、心に響かせ定着させることがチームを作り上げていくうえで重要であると考え、このスローガンを作り上げました。

日々の生活や試合において1秒を大切にすることが大切であること、そして、支えてくれる周囲の人たちに感謝することが大切だということがこの一言に集約されています。

たった1秒ですが、その1秒を日々の練習や生活で大切にすることが良い結果を生み出す原動力になるということがこの名言から読み取れますね。

「負けた後というのは我々も学生側も、変化を受け入れやすいんです。」

引用元:Number Web

2015年の箱根駅伝において、酒井俊幸監督率いる東洋大学駅伝が2区でエースの服部勇馬選手が区間賞をとったもののそれ以後見せ場を作ることができず青学に完敗した時の言葉。

勝負に負けた後は、監督たち指導者も選手である学生側もその結果を受け入れやすくなっているもの。

それだからこそ負けた試合の後、選手によってはスピード練習量をふやしたり、そのハードな練習をこなせるだけのフィジカルを強化に務めようとすることをこの名言は意味しています。

失敗した時とかうまくいかないことがあった後ほど人は変化を受け入れやすく、新しい取り組みや改善方法を模索していくものです。

この名言は、アスリートだけでなく一般の人の場合にも当てはまるのではないでしょうか。

2016年の箱根も残念ながら青学の勝利で終わり、近年箱根優勝から遠ざかってはいますが、監督就任1年目で箱根優勝を成し遂げた経験のある酒井俊幸監督の指導の下、来年の箱根は優勝目指して頑張ってもらいたいですね。

スポンサーリンク

東洋大学駅伝のコーチは?プロフィールや選手時代の成績

東洋大学駅伝のコーチのプロフィールや選手時代の成績を以下にご紹介します。

大西智也

東洋大学駅伝大西智也コーチは、県立岐阜商業高校を卒業後東洋大学に進学。

東洋大学在学中4年間箱根を出走しており、1年の時は5区を走り区間15位、2年の時は1区を走り区間2位、3年の時は1区を走り区間4位、4年の時は3区を走り区間3位という成績を残しています。

特に4年生の時に出場した85回箱根駅伝に出場時チームは箱根初優勝となっています。

大西コーチは東洋大学卒業後、旭化成に入社。

2009年に出場したユニバーシアードハーフマラソンで銀メダル、東アジア大会ハーフマラソンで金メダルを獲得。

2010年に出場した日本選手権5000メートルでは2位、世界ハーフマラソン選手権では9位と実業団時代も活躍しています。

2014年に開催された全日本実業団駅伝でも1区を走り区間賞を獲得。

2017年に現役引退した後旭化成のコーチに就任。

その後、2023年10月1日付で母校である東洋大学駅伝のコーチに就任し現在に至ります。

山本浩之(アシスタントコーチ)

東洋大学駅伝アシスタントコーチである山本浩之コーチは1986年4月30日生まれで、埼玉県出身。

埼玉県・川口北高校時代はサッカー部に所属していましたが、3年生の時に埼玉県国体予選5000メートルに出場、14分43秒25の好記録を出し、3回目のレースではこの記録を14分42秒まで縮めています。

東洋大学進学後は、陸上競技に転向し箱根駅伝では、1年生の時に7区を走り区間13位、2年生の時に3区を走り区間5位、3年生の時には走らなかったものの、4年生の時第85回大会では2区を走り17位だったもののチームは箱根発の総合優勝を果たしています。

東洋大学卒業後は、コニカに入社。

実業団の選手として大西コーチは2014年に北海道で初マラソンに挑戦、2017年に東京マラソンで2時間09分12秒という記録を残し、ロンドン世界選手権マラソンの補欠に選ばれました。

2019年に開催されたびわ湖マラソンでは2時間10分33秒というMGCファイナリストを除く日本人1位の記録を出しMGC出場権を手に入れました。

2021年委コニカを退社し、東洋大牛久高校の監督に就任。2023年4月から東洋大学駅伝のアシスタントコーチに就任し現在に至ります。

スポンサーリンク

東洋大学駅伝の監督やコーチは?まとめ

ここまでで

・東洋大学駅伝の監督は?選手時代の成績や名言
・東洋大学駅伝のコーチは?プロフィールや選手時代の成績

について、徹底調査しご紹介しましたが、いかがだったでしょうか。

今年開催された箱根駅伝2025では9位となりシード権を獲得している酒井俊幸監督率いる東洋大学駅伝。

今年こそ、95回の初優勝時のように優勝できるといいですね!

大学駅伝
スポンサーリンク
スポンサーリンク

コメント

error: Content is protected !!